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鋳物の街 川口の傑作


いつもお読みいただきありがとうございます。



来夏に延期になってしまった東京2020オリンピックー

私的には楽しみにしていた分、残念ではありましたが、このような状況下では致しかない結果と言えるのではないでしょうか?
どうやら追加負担問題でも色々揺れているみたいですが、今はそれよりも新型コロナウイルスのいち早い収束を望むばかりです。
経済的な問題等も含め、来夏、何事もなかったようにオリンピックが開催されるようになればいいですね。



今回は、そんなオリンピックと川口市にまつわるお話しを少しー




1.川口と言えば鋳物、鋳物と言えば川口

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※きゅぽらんの部屋より転載



かつてはそう言われていたことがー


江戸時代にはじまった鋳物業は川口市の南部地域を中心に発展、数々の鋳物製品を作り出し、最盛期の川口は溶解炉「キューポラ」の煙突が林立した鋳物の街だったそうです。
ちなみに、その規模こそ縮小し、多くはマンション等に姿を変えていったものの、今でも鋳物工場は幾つか存在し、日々稼働し続けています。


川口の小学校の社会科見学では、必ずと言っていほど、鋳物工場見学があるそうー


また、そうでなくとも鋳物は形を変え、川口市民のすぐ近くに存在します。


そうです。


以前にもご紹介した我らが愛すべき川口市のゆるキャラ『きゅぽらん』です。
その名前や容姿は、
溶解炉(キューポラ)がモチーフになっているのです。




1-1.かつての東京オリンピックにも関与

意外と知られていないかもしれませんが、前回の東京オリンピックで使われた聖火台は実は川口で作られたものなのです。
ここで少しばかり川口広報にあった記事の一部を転載します。


「~1964年東京五輪の聖火台制作にあたり鋳物のまちとして川口市が担う事となりました。納期わずか3ヶ月という依頼に辞退者が相次ぐ中、鈴木萬之助氏が引き受けたました。失敗の連続のショックで萬之助市氏は亡くなり、父の意志を継いだ子供達で完成させたものだそうです~」


なんと、その聖火台が旧国立競技場の解体に伴い、昨年の9月に約61年ぶりに川口駅東口キュポ・ラ広場に里帰りしてきたのです。
聖火台は鋳物の街である川口の誇りであり、当時の盛り上がりを懐かしむ方が多くいたそうー

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川口の産まれてではない私は、正直、最初の頃はなんかできたな...
ぐらいの感想でしたが、調べてみるとびっくりしました。

ただ、この聖火台、初めてみたはずなのですが、どうもそんな気がしません。
他にどこかで見たような・・・


ずっと気になっていた私の小さな疑問が、つい先日、解明されることになりました。


なんと、司法書士九九法務事務所のすぐ道向にある公園(川口青木町公園)の広場にそれがあったのです。
ちなみに、その画像がこちらです。



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実際の大きさこそ異なるものの、そのレプリカが制作者萬之助氏の碑と共に事務所の目と鼻の先にあるとは...
見覚えがあるはずですよね。

ちなみに、先にご紹介した川口駅東口の聖火台(本物のほう)は、今年の3月に新国立競技場に再び旅立っていきました。
来夏、無事に東京オリンピックが開催された暁には、再び皆さんも目にすることでしょう。


尚、レプリカ聖火台であれば、今でも事務所のすぐ近くにあります。
気になる方は是非に!


それでは今回はこの辺で。

write by 堀江裕子