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遺言

法務局における自筆証書遺言保管制度の考察


いつもお読みいただきありがとうございます。



このところ新型コロナウイルスの影響もあってか、遺言書についてのご相談をいただく機会が増えています。
個人的には公正証書遺言をお勧めする方が圧倒的に多いのですが、自筆証書遺言に興味を持たれている方が多いのも事実です。
加えて、この度、法務局にて自筆証書遺言を保管してくれる制度が始動します。


その結果、自筆証書遺言の位置付けにどう変化が生じたのか?


その辺を中心に、公正証書遺言との比較を織り交ぜつつお送りできればと思っております。




<目 次>




1.自筆証書遺言の保管制度とは?

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簡単に言うと、自分で書いた遺言書を自宅等ではなく、法務局で保管してもらう制度です。


いたってシンプルな内容です。
尚、自筆証書遺言の保管制度は、このブログでも何度かご紹介しいる約40年ぶりの相続法大改正の法案の一つです。
過去のブログ記事をご紹介しますので、他の改正法案も気になる方は参照いただければと。



「民法(相続法)が改正されます/司法書士九九法務事務所HP」
https://99help.info/blog/post_56




ちなみに配偶者居住権や預貯金の仮払い制度等、既に実施されているものもありますが、自筆証書遺言の保管制度については、令和2年7月10日から実施されます。


興味深い制度であることは間違いありません。
問題は有用な制度なのか否か―


必ずしも新しいから良い法律とは限りませんからね。




1-1.これまで自筆証書遺言とは何が変わるのか?~メリットの紹介~

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自筆証書遺言(手書きの遺言)そのものが大きく変わるわけではなく、その欠点を補うような制度がはじまると捉えた方が理解し易いかと思われます。
まずは端的に、自筆証書遺言保管制度のメリットをご紹介します。


  • ①保管面での安全性
  • ②偽造・変造・隠匿の恐れがない
  • ③遺言の検認手続が不要



まずは①について―

自筆証書遺言のデメリットの一つに、保管上の問題があります。
別にお金をかけない限り、遺言者自身が自宅等で保管するのが一般的であり、常に紛失や破損、汚損等のリスクが伴っていたからです。
尚、公正証書遺言の場合は、本人等が保管するのと合わせ公証役場でもその原本が保管されます。
また、仮に本人等が遺言書を紛失等しても、手数料さえ払えばいつでも公証役場で再発行が可能なのです。
いわゆる、これまで安全性の観点からすると、両手続には大きな差が生じていたと...


それがこの度の改正により、保管面においても公正証書遺言と遜色ない域に達したのです。


なにせ、法務局という公的な機関が代わりに保管してくれますから。
自分自身で保管するより、保管の安全性は段違いに向上することでしょう。
その点、公証役場に劣るものではありません。




続いて②について―

これについては①の延長上の話でもあるのですが、自身で遺言書を保管するという言う事は、他者に悪意をもって何らかの手を加えられる可能性があるということです。
あまり考えたくもないかもしれませんが、相続人の一人が悪さをするかもしれません。
それこそ書き足したり、破り捨てたり、死後見付からないようにどこかに隠してしまうことも...
公正証書遺言同様、そういったリスクを回避できるようになるものです。




最後に③について―

遺言の検認手続というものをご存じでしょうか?
以下、対応する民法の条文をご紹介します。



民法第1004条
1.遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2.前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3.封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。




なんとなくでもイメージできるでしょうか?

管轄裁判所に各相続人が集まり、そこで遺言書を開封するような感じです。
尚、遺言の検認手続は、遺言の内容(有効か無効か等々)を判断するのではなく、遺言書の存在を裁判所で明らかにすることにより、偽造や変造を防止する趣旨の手続きなのです。


遺言の検認手続は、これまでの自筆証書遺言にとっては必須の手続でした。


ある意味、遺言の検認手続前の自筆証書遺言は、単なる手紙と大差ありませんからー
そのままの状態では、金融機関や証券会社での相続手続はもちろんのこと、法務局での不動産の名義変更すらできません。


ある意味、自筆証書遺言は作成するのは簡単ですが、死後、その相続人に手間がかかってしまう制度だったわけです。


それが、法務局での自筆証書遺言の保管制度を用いた場合、遺言者の死後、別に家庭裁判所での検認手続が不要になりました。
既述のとおり、本来、遺言の検認手続の目的は、遺言書の存在を裁判所で明らかにすることにより、偽造や変造を防止する趣旨です。


この役割は既に法務局が担っていますので、改めて行う必要がないとー
尚、元々公正証書遺言に検認手続が不要なのも、事前にその役割を公証人が担っているからなのです。


ここが改善されただけでも自筆証書保管制度を創設した意義は十分にあると思われます。
紛れもなくメリットと言っていい部分でしょう。


※すべての自筆証書遺言に検認手続が不要になったわけでも、なくなったわけでもはありません。
あくまで、法務局での保管制度を用いた場合に検認手続が不要となる趣旨のものです。
そのため、令和2年7月10日以降についても、従来通りの自筆証書遺言には検認手続が必要となりますので、勘違いしないよう注意しましょう。





2.自筆証書遺言の保管制度にデメリットは?

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主だったメリットについては記述のとおりです。
自筆証書遺言の欠点をうまく補えているのではないでしょうか―


私的には各段に良くなったなと思っています。
公正証書遺言ではなく、あくまで自筆証書遺言の作成を希望される方には是非とも利用していただきたい制度です。


では、この制度にもデメリットはあるのでしょうか?


先に僕の感想を申し上げておくと、それでも顧客には公正証書遺言の作成を勧めます。
もちろん、ケースバイケースですので、顧客の意向にあわせ自筆証書遺言を選択することもあるでしょう。
その際は、間違いなく自筆証書遺言の保管制度を勧めるのは確かです。


良い制度です。
まだ施行前の制度ですから100%そう言い切れない部分はありますが、たぶんそれは間違いないかと。


ただし―


この制度自体のデメリットと言うか、元々自筆証書遺言自体が抱える潜在的な問題点が解消されているようには思えないからなのです。

2-1.本人が法務局に出向く必要がある

地味ですが、ケースによっては決定打になりかねないデメリットです。


他の手続であればまだしも、遺言業務の対象は基本的に高齢の方がほとんどです。
中には入院中であったり、施設に入居中のことも多く、外出や歩行事態に難があるケースも...

今後改善される余地はあるかもしれませんが、少なくとも現段階においては仮に本人が出向くことができない正当な事由があっても、法務局担当者が出張できるような規定はありません。
また、法務局窓口で必要となる諸々の手続を代理人が代わりに行うこともできません。

司法書士や弁護士に手続を依頼しようとも、その結果(本人が法務局に出向く必要がある)は変わらないのです。


対して、公正証書遺言の場合は、原則、希望を出せば公証人が自宅でも病院でも施設でも出張してくれます。
もちろん、別に交通費等(タクシー代)の実費が発生することにはなりますが、あくまでそれだけなのです。




2-2.そのくせどの法務局でもいいわけではない

これは大したデメリットではありませんが、率直に面倒です。


公正証書遺言の場合は、極端な話、どの公証役場であってもかまいません。
自分が行きやすい、もしくは思入れのある公証役場での手続が可能となります。


対して、自筆証書遺言の保管制度に対応する法務局はあらかじめ決まっています。


具体的にはー


  • 遺言者の住所地を管轄する法務局
  • 遺言者の本籍地を管轄する法務局
  • 遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する法務局



以上、3つのうちからいずれかの法務局を選択することになります。
これだけ見ると選択肢が多いようにも思えるでしょう。

問題は、元々、法務局自体の数が少ないということに加え、すべての法務局で取扱いができるわけではないという点なのです。
選択肢は多いかもしれませんが、選択対象自体が少ないと...


ちなみに、司法書士九九法務事務所のある埼玉県では―


本局、川越支局、熊谷支局、秩父支局、所沢支局、東松山支局、越谷支局、久喜支局



以上が、手続が可能となる対象の法務局です。
残念ながら川口の法務局は対象外...


必ず本人が出向かなかければならない手続であるにも関わらず、人によっては対象の法務局が微妙に遠くなってしまうわけです。




2-3.手数料が発生する

正直、相応に安価だと思いますし、これをデメリットにすべきかどうか迷いました。
ただ、あくまでお金がかからないのが自筆証書遺言の利点だとすると、法務局の手数料は金額にかかわらずデメリットなのかなと...


ちなみに、1件につき、3,900円です。
保管料ですねいわゆる。


妥当と言うか、私的には安いと思っています。


遺言書の作成後にそれを閲覧することもできるのですが、その際にも手数料が発生します。
モニターで閲覧する場合は、1回につき、1,400円、原本請求する場合は、1回につき、1,700円といった感じです。


保管も閲覧も法務局に任せているわけですから、手数料がかかるのは当然でしょう。
そう思える方にとっては何らデメリットにはならない部分ではあります。


尚、公正証書遺言の場合はもっと手数料がかかります(最低でも5万円前後)。
ただ、役割も趣旨も全く違うので比較の対象にはしにくい印象です。




2-4.従来からの潜在的な問題点は改善されず

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そこまで期待していませんでしたし、実際、できるとも思っていませんでした。
なので私的には驚きでもなんでもありませんし、批判する気も毛頭ありません。

あくまで自筆証書遺言の保管制度は、その名のとおり自筆証書遺言書を保管するための制度でしかなく、その内容の是非や、遺言能力を担保するものではないということなのでしょう。

仮にそれが補われるとすると、かなり画期的だったのですが、さすがにそれは望み過ぎと言うもの...



結論からすると、法務局で遺言書の内容や書き方のアドバイスをしてくれるわけではありません。
内容についてはどこまでいっても自己責任であり、法務局で審査をしてくれわけではないのです。



尚、それでも以下の確認はしてくれるそうです。


  • 遺言書が方式に適合しているかの外形的な確認
  • 自署に間違いがないかの確認
  • 遺言者が本人であることの確認



これでも十分だと思えます。
柔軟さは欲しいところですが、それでもわざわざ本人が出向く甲斐あるというものです。

実際に相続手続で使える遺言書になるかどうかは別として、少なくともこれで遺言書自体が無効になることは防げます。
ともあれ、これ故に上記で説明した家庭裁判所での検認手続の省略が可能になるのでしょう(家庭裁判所が行う役割を法務局が担うというわけです。)。


ただしー


紛争防止の観点からすると、これではかなり弱いです。
遺言書の内容が自己責任である以上、その成否を分けるのは常に受け手側となります。


いわゆる、受け手側に自筆証書遺言の可否を判断する法的な判断が求められてしまうわけです。


そして、これが潜在的に抱える自筆証書遺言の問題点となります。
この度の改正でも、さすがにここまで踏み込めたわけではありませんでした。


具体的にどういうことが想定されるのか?
次項にて簡単に説明させていただきます。





3.金融機関や証券会社で公正証書遺言のように利用できるかは微妙

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僕があまり顧客に自筆証書遺言を勧めない理由は色々とあります。
ただし、この自筆証書遺言の保管制度を用いれば、その多くが解消されます。


その点では、本当に良い制度だと思っております。
そのため、自筆証書遺言を作成するのであれば、是非ともこの保管制度を使うべきとの結論に至るわけです。



「であれば、今後は自筆証書遺言を勧めるようになるのか?」



あくまで現段階での答えは、「No」とは言いませんがそれに近いものがあります。
これまで同様、一次的には公正証書遺言を、状況と遺産内容を加味した上で二次的に自筆証書遺言をお勧めするスタンスは変えないかなと。


その一番の理由は、今のとこと金融機関や証券会社で実際にどのような取扱いがなされるか未知数だからです。


すべての金融機関や証券会社がそうではありません。
ただ、少なくともこれまでは、公正証書遺言のように自筆証書遺言を使えないことが多かったのです。


例えば、検認手続を終えた自筆証書遺言があっても、銀行所定の書式に相続人全員の実印と印鑑証明書の提出を求めらることも...
相続人間に争いがあり、その内の一人が押印に応じないケースであってもです。

せっかく作った自筆証書遺言なのに、想定していた用途で使えないのであれば、あまり意味はありませんよね。



それはなぜなのか??



一概に金融機関側が悪いわけではありません。
相応にやむを得ない事情があるのです。


家庭裁判所の検認手続では、遺言内容の是非が判断されることはありません。
既述のとおり、遺言の検認手続の目的は、遺言書の存在を裁判所で明らかにすることにより、偽造や変造を防止する趣旨ですので、遺言書の内容はあくまで自己責任なわけです。
遺言書としては有効であっても、遺言書の内容が法律上有効かどうかは書き方次第であると...


結果、受け手側(金融機関側)が独自に遺言書の内容を精査し、それが正しいかどうかの判断を下す必要があるわけです。


かかる責任は重大ですよね...
しかも、求められる知識は畑違いである法律の知識です。
その上、下手な判断をしようものなら、後々、相続トラブルに巻き込まれかねないと...
そりゃ、慣れ親しんだ自社の書式と印鑑証明等、遺言の内容に関わらず一律にベーシックな手続を求めてくるのも致し方ないというものです。


対して、法務局はその道のプロです。
遺言書の内容がしっかりさえしていれば、自筆証書遺言であっても、公正証書遺言であっても、それほど差異は生じないということなんです。



尚、公正証書遺言の場合は、遺言内容についても公証人がその是非を精査することになります。
そのため、金融機関や証券会社であっても、原則、他の相続人の関与なく手続が可能だとー

受け手側に法律判断を委ねていないわけです。
手数料が高いなりの理由がそこにあるのです。



この点は今回の自筆証書遺言の保管制度でも変化はありませんでした。
遺言内容は自己責任というスタンスは変わらずです。
そのため、現時点で上記のような判断を僕がしているわけです。

正直なところは、しばらくは様子見ですね。
当該制度が世間に浸透し、金融機関であっても不都合なく利用できる日が来るかもしれませんし。


相続に争いが生じる可能性がある案件や、予定される遺産の大半が不動産以外の財産で構成されている案件では、細心の注意が必要となってくるでしょう。




4.まとめ

今回は法務局での自筆証書遺言保管制度のお話しでした。

正直、個人的にはかなり期待しています。
どうであれ選択肢が増えるのは良いことですから。

まだまだこれからの制度ですし、既述のような諸々の問題が生じるかもしれません。
ただ、自筆証書遺言としては、かなり良くなること自体に間違いはないのです。


だったら、少なくともこれまでよりは前進していますよね。
あとは状況に応じて公正証書遺言と使い分ければ良いだけの話しです。


実際に運用が開始し、今はまだ顕在化していないメリット・デメリットも出てくることでしょう。
その点、当ブログでも引き続き注視していきたいと思っております。


それでは今回はこの辺で。

write by 司法書士尾形壮一